VOL.88 / 2021.11.25
生き様を着る
ブランドディレクターの生き方指南書
諸先輩方のエッセイを読むと「モノにはその人に相応しい時がある」という言葉を多く見かけます。
若いころにはその意味が分からなかったのですが、手の甲に血管が目立つようになり、朝、全身鏡で写し出された自分の首にしわを多く見つけるようになった昨今、その意味がだんだん分かるようになりました。
デザインが奇抜で楽しそうと選んだ、クオリティーのあまり高くないお洋服を合わせると、服ばかりが目立ってしまうことに気が付き始めました。
その反対でデザインはシンプルなんだけど質感の優れたものを身に着けると、しわも、シミも受け入れてくれる、懐の深さをそのウェアに感じることができます。
私の若い頃には、パリのシャネルやヴィトンのお店に日本人が大挙して押し寄せ、バッグを買い漁っていると悪口を言われたものです。
しかも、若い子がバックパックを背負ってお店の中に入り、高級バッグを二つも三つも買っていく光景は、侮蔑交じりにTVに映し出されてさえいました。
たしかにその後、ヨーロッパで遊学している時に若い子がハイブランドのバッグを持って歩いている姿はほとんど見ませんでしたので、現地の人たちには、不思議に見えたのでしょうね。
女性は「生涯かわいらしく信仰」みたいなものは、この国でいまだに健在ですが、いくつかの国で過ごしてみて、マダムが、もっと明確に言うとキリっとした、眉間に恐いしわのある顔で、街を闊歩しているマダムが尊敬されるのが成熟した国々です。
若かりし頃、ボーイフレンドが(大金をはたいて)エトロのスカーフを贈ってくれたことがありました。
とっても嬉しかったのですが、20代の私にはどんな風に合わせても、着られている感が拭えず、そのうちそのボーイフレンドと大喧嘩をして、頭にきてそのスカーフを捨ててしまった経験があります。ああ、なんてもったいない、罰当たりなことをしたものか!!!!
今の私ならカシミアのシンプルなニットにこの大判のスカーフを巻いて、ちょっとしわの見えている首元にはプラチナのネックレスが品よく収まっている自信があります。
シミはないけれど、ちりめん皺もどきが目立つ手首には祖母から譲り受けたオメガの時計が、ド迫力で輝きを放ってはいるけれど、私自身のド迫力もそれに負けないだけの生き様を放っている自信があります(笑)
人々の手で大切に作られ、それを手にした者たちが大切に使い、年月と人生を共に重ねてきたものには、若い子がどんなに艶やかで張りのある姿で合わせても、決してオーラをもらう事が出来ない、独特の“美しさ”があります。
その“美しさ”を手に入れることが出来るのはどんな生き様でもいい、真摯に自分の道を歩いてきた者にだけ許されるご褒美なのではないでしょうか。
年を取ると、確かに身体のあちこちにガタがきて、ここが痛い、あそこがスムーズに動かなくなった…と情けなくなることもたくさんありますが、目を転じると、一生ものにと頑張って買ったハイクオリティーのモノたちがいつの間にか自分にフィットしてくれている、という大きな発見もあります。
それに気が付いたときは、自分で自分を認めてあげられた瞬間で、なんとも言えない幸福感に包まれるのです。
お洒落をする、の意味がだんだん本質に近づいてきた?と思わせる今日の秋風でした。
ブランドディレクター”Y”
大学卒業後、インテリアブランドを立ち上げる。20年にわたるブランド構築経験を活かした後、ブランドコンサルティングを開始。DRESS HERSELFでは、自身の実体験や同世代の悩みをすくい上げ、女性の生き方をベースに、コンセプトからシーズン毎の企画、方向性などを牽引。世界中で暮らし、旅した経験があり、ロックで自由でパワフル。